Zen words

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このページには、禅語を収集し集録する。出来うる限り出典を調べ、書lは『』をもって漢詩は「」で表記している。ローマ字表記を付け加えてあるが、は行のうち「ふ」は「fu」を用い、た行のうち「ち」は「chi」を用いている。さらに、長音は一切無視しているので、多少読みずらいかもしれない。

禅語は元々はセットであったものが分断されて語句が各々独立しているものもあり、それが禅語の見かけの数を一層多く見せているように思われる。個人的なデータベースとして活用させるため、上段の漢詩は内部リンクを用いている。下段の解説は参考書的な意味合いから外部リンクとし、外部リンクだけは別ウインドウが開くように設定している。



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【あ】【a】

聽雨寒更盡 開門落葉多(ame wo kiite kanko tsuki mon wo hirakeba rakuyo ooshi)無可「秋寄従兄賈島)」
あめをきいて かんこうつき もんをひらけば らくようおおし

不雨花猶落 無風絮自飛(ame narazushite hana nao otsu kaze nakushite ito onozukara tobu)『宗統編年』
あめならずして はななおおつ かぜなくして いとおのずからとぶ⇒臨黄ネット・不雨花猶落 無風絮自飛

雨洗風磨(usen fuma) 『中峰和尚行録』
あめにあらい かぜにみがく⇒禅語に親しむ・雨洗風磨

案山子(anzansu)『傳燈録』
あんざんす 問孤迥峭巍巍時如何。師曰。孤迥峭巍巍。僧曰。不會。師曰。面前案山子也不會。

安禪不必須山水 滅却心頭火自涼 (anzen wa kanarazusimo sansui wo mochiizu shinto wo mekkyaku sureba hi mo onozukara suzushi)『碧巌録』
あんぜんは かなずしも さんすいをもちいず しんとうをめっきゃくすれば ひもおのずからすずし⇒臨黄ネット・安禅不必須山水 滅却心頭火自涼

庵中閑打坐 白雲起峰頂(anchu shizukani taza sureba hakuun hocho ni okoru)『古尊宿語要』
あんちゅう しずかにたざすれば はくうん ほうちょうにおこる

幾時苦熱念西風 九月西風驚落葉(ikutokika netsu to kurushimite seifu wo omou)『東陽禅師遺文』
いくときか ねつとくるしみて せいふうをおもう くがつ せいふう らくようにおどろく⇒禅語に親しむ・幾時苦熱念西風 九月西風驚落葉

石壓笋斜出 岸懸花倒生(ishi asshite jyun naname ni izu kishi ni kakatte hana sakashimani shozu)『虚堂録』
いしあっして じゅんななめにいず きしにかかって はなさかしまにしょうず

一雨潤千山(ichiu senzan wo uruosu)
いちう せんざんをうるおす

一以貫之(ichi wo motte onore wo tsuranuku)『論語』
一を以って、之を貫く。⇒禅語に親しむ・一以貫之

一行三昧(ichigyo zanmai)『六祖壇経』
いちぎょうざんまい⇒臨黄ネット・一行三昧

一期一会(ichigo ichie)『茶湯一会集』
いちごいちえ⇒臨黄ネット・一期一会

一日不作一日不食(ichijitsu nasazareba ichijitsu kurawazu)『祖堂集』
いちじつなさざれば いちじつくらわず 師平生苦節高行、難以喩言。凡日給執勞、必先于衆。主事不忍,密收作具、而請息焉。師云、吾无德、争合勞于人。 師遍求作具、既不獲、而亦忘喰。故有一日不作、一日不食之言、流播寰宇矣。

一無位真人ichi mui shinnin)『臨濟録』
いち むい しんにん 上堂云。赤肉團上有一無位真人。常從汝等諸人面門出入。未證據者看看。時有僧出問。如何是無位真人。師下禪床把住云。道道。其僧擬議。師托開云。無位真人是什麼乾屎撅。便歸方丈。

一粒万々倍(ichiryu manman bai)
いちりゅう まんまんばい

一華開五葉 結果自然成(ikka goyo wo hiraku kekka jinen ni naru)『小室六門』
いっか ごようをひらく けっか じねんになる 説頌曰。吾本來茲土。傳法救迷情。一華開五葉。結果自然成。江槎分玉浪。管炬開金鎖。五口相共行。九十無彼我。

一花開天下春(ikka hiraite tenka haru nari)『宏智禪師廣録』
いっかひらいて てんかはるなり 上堂云。一塵起大地收。一花開天下春。衲僧變態。須是恁麼始得。便乃一切時一切處。任運自在。應用無方。諸人還委悉麼。風行草偃。水到渠成。

一口吸盡西江水(ikku ni kyuin su seiko no mizu)『龐居士語録』
いっくにきゅういんす せいこうのみず 居士後之江西參馬祖大師。問曰。不與萬法為侶者是什麼人。祖曰。待汝一口吸盡西江水即向汝道。士於言下頓領玄旨。遂呈偈。有心空及第句。

一切唯心造(issai yuishinzo)『甘露門』
いっさい ゆいしんぞう⇒臨黄ネット・一切唯心造

一池荷葉衣無尽 数樹松花食有余(icchi no kayo esuru ni tsukuru nashi sujyu no shoka shuku suruni amariari)『五灯会元』
いっちのかよう えするにつくるなし すうじゅのしょうか しょくするにあまりあり⇒臨黄ネット・一池荷葉衣無尽数樹松花食有余

一滴潤乾坤’itteki kenkon wo uruosu)『景徳伝灯録』
いってき けんこんをうるおす⇒臨黄ネット・一滴潤乾坤

一片月生海 幾家人上樓(ippen no tsuki umi ni shoji ikuka no hito ro ni noboru)貫休「旅中懐孫路」
いっぺんのつき うみにしょうじ いくかのひと ろうにのぼる

雨滴聲(u teki sei)『碧巌録』
うてきせい⇒禅語に親しむ・雨滴聲

慧玄会裏無生死(egen gaeri ni shoji nashi)『正法山六祖伝』
えげんがえりに しょうじなし⇒臨黄ネット・慧玄会裏無生死

円相(en sou)
えんそう

桜花微笑春(ouka bisho no haru)
おうか びしょうのはる

桜花無尽蔵(ouka mujinzou)
おうか むじんぞう

【か】【ka】【ga】

夏雲多奇峰(kaun kiho ooshi)陶淵明「四時歌」
かうん きほうおおし 春夏秋冬すべて、多用されている。⇒春水滿四澤 夏雲多奇峰 秋月揚明暉 冬嶺秀孤松

鑊湯無冷処(kakuto ni reijo nashi)
かくとうに れいじょなし⇒臨黄ネット・鑊湯無冷処

笠重呉天雪 鞋香楚地花(kasa wa omoshi goten no yuki ai wa kanbashi sochi no hana)釈可士「僧を送る」
かさはおもし ごてんのゆき あいはかんばし そちのはな⇒禅語に親しむ・笠重呉天雪 鞋香楚地花

風定花猶落 鳥鳴山更幽 (kaze sadamarite hana nao otsu) tori naite yama sarani yunari)玉屑「王安石集句詩」
かぜさだまりて はななおおつ とりないて やまさらにゆうなり⇒禅語に親しむ・風定花猶落 鳥鳴山更幽

吟風一様松(kaze ni ginzu ichiyo no matsu)『寒山詩』
かぜにぎんず いちようのまつ 可笑寒山道、而無車馬蹤。聯溪難記曲、疊嶂不知重。泣露千般草、吟風一樣松。此時迷徑處、形問影何從。

風吹不動天邊月(kaze hukedomo dozezu tenpen no tsuki)『普燈録』
かぜふけどもどうぜず てんぺんのつき⇒臨黄ネット・風吹不動天辺月 雪圧難摧澗底松

話尽山雲海月情(katari tsukusu sanun kaigetsu no jo)『碧厳録』
かたりつくす さんうんかいげつのじょう⇒禅語に親しむ・話尽山雲海月情

花鳥風月宿(kacho fugetu no yado)
かちょうふうげつのやど

喝(katsu)『臨済録』
かつ⇒臨黄ネット・喝

花薬欄(kayakuran)『碧巌録』
かやくらん⇒臨黄ネット・花薬欄

寒雲抱幽石 霜月照清池’kanun yuseki wo idaki sogetsu seichi wo terasu)『虚堂録』
かんうん ゆうせきをいだき そうげつ せいちをてらす⇒臨黄ネット・寒雲抱幽石 霜月照清池

看脚下(kan kyakka)『五家正宗贊』
かん きゃっか⇒臨黄ネット・看脚下

閑古錐(kankosui)
かんこすい⇒法話と仏事・閑古錐

澗水湛如藍(kansui tataete ai no gotoshi)
かんすいたたえて あいのごとし

閑南北東西活路通(kan nanbokutozai katsuro ni tsuzu)
かんなんぼくとうざい かつろにつうず

眼横鼻直(ganno bichoku)『永平広録』
がんのう びちょく⇒臨黄ネット・眼横鼻直禅語に親しむ・眼横鼻直

喫茶去(kissako)『五灯会元』
きっさこ⇒禅語に親しむ・喫茶去

金以火試人以言試(kin wa hhi wo motte kokoromi hito wa genn wo motte kokoromu) 『虚堂録』
きんは ひをもってこころみ ひとは げんをもってこころむ⇒禅語に親しむ・雲在嶺頭閑不徹 水流間下太忙生

君子千里同風(kunshi senri dofu)『景德傳燈録』
くんし せんりどうふう 師一日遣僧送書上雪峰和尚。雪峰開緘唯白紙三幅。問僧會麼。曰不會。雪峰曰。不見道。君子千里同風。

薫風自南来(kunpu onozukara minami yori kitaru)「槐安国語」
くんぷう おのずからみなみよりきたる⇒臨黄ネット・薫風自南来殿閣生微涼

慶雲五彩生(keiun gosai wo shouzu)
けいうん ございをしょうず

渓澗拾流菜(keikan ni rusai wo hirou)
けいかんに るさいをひろう⇒臨黄ネット・渓澗拾流菜

行雲流水(koun ryusui)『宋史』
こううん りゅうすい⇒禅語に親しむ・行雲流水

好事不如無(koji mo nakiniwa shikazu)『碧巌録』
こうじも なきにはしかず 舉。雲門垂語云。人人盡有光明在。看時不見暗昏昏。作麼生是諸人光明。自代云。厨庫三門。又云。好事不如無

好雪片片不落別處(kosetsu henpen bessho ni ochizu)『碧巌録』
こうせつへんぺん べっしょにおちず⇒禅語に親しむ・好雪片片不落別處

江上数峰青(koujou suhou ao shi)錢起「省試湘靈鼓瑟」
こうじょう すうほうあおし

紅葉山川満(koyo sansen ni mitsu)
こうよう さんせんにみつ

紅葉舞秋風(koyoushufu ni mau)
こうよう しゅうふうにまう

紅炉上一点雪(kourojo itten no yuki)『碧巌録』
こうとじょう いってんのゆき⇒臨黄ネット紅炉上一点雪

孤雲本無心(koun moto mushin)於頔「郡齋臥疾贈晝上人」
こうん もとむしん

古人刻苦光明必盛大也(kojin kokku komyo kanarazu seidai nari)『禅関策進』
こじんこっく こうみょう かならずせいだいなり⇒禅語に親しむ・古人刻苦光明必盛大也

壺中日月長(kochu nichigetsu nagashi)『虚堂録』
こちゅう にちげつながし⇒臨黄ネット・壺中日月長

爲此春酒 以介眉壽(kono shunshu wo tsukuri motte bijyu wo tasuku)『詩經』
このしゅんしゅをつくり もってびじゅをたすく 六月食鬱及萸、七月亨癸及菽、八月剥棗、十月穫稻、爲此春酒、以介眉壽。七月食瓜、八月斷壺、九月叔苴、采茶薪樗、食我農夫。

心静即身涼(kokoro shizuka nareba sunawachi mi suzusi)
こころしずかなれば すなわちみすずし

枯木倚寒巌 三冬無暖気(koboku kangen ni yotte santo danki nashi)『碧巌録』
こぼく かんだんによって さんとう だんきなし 昔有婆子。供養一庵主。經二十年。常令一二八女子。送飯給侍。一日令女子。抱定云。正恁麼時如何。主云。枯木倚寒巖。三冬無暖氣。女子舉似婆。婆云。我二十年。只供養得箇俗漢。遂遣出。燒卻庵。⇒禅語に親しむ・枯木倚寒巌 三冬無暖気

【さ】【sa】【ja】

歳月不待人(saigetsu hito wo matazu)
さいげつ ひとをまたず

彩鳳舞丹霄(saiho tansho ni mau)『聯燈會要』
さいほう たんしょうにまう 師同佛鑑佛眼。侍五祖於亭上。夜坐。歸方丈。燈已滅。祖暗中云。各人下一轉語。鑑云。彩鳳舞丹霄。眼云。鐵蛇橫古路。師云。看脚下。祖云。滅吾宗者。克勤爾。

昨夜一声雁(sakuya issei no kari)『禅林句集』
さくや いっせいのかり⇒臨黄ネット・昨夜一声雁 清風万里秋

坐看雲起時(zashite wa miru kumo no gotoshi)
ざしてはみる くものごとし

颯々声(satsusatsu no koe)
さつさつのこえ

更上一層樓(sara ni noboru isso no ro)王之渙「登鸛雀樓」
さらにのぼる いっそうのろう

猿抱子帰青嶂後(saru wa ko wo idaite seisho no shirie ni kaeru)『傳燈録』
さるはこをいだいて せいしょうのしりえにかえる 問如何是夾山境。師曰。猿抱子歸青嶂裏。鳥銜華落碧巖前。

山花開似錦(sanka hiraite nishiki ni nitari)『碧巌録』
さんかひらいて にしきににたり 舉。僧問大龍。色身敗壞。如何是堅固法身。龍云。山花開似錦。澗水湛如藍。

三級浪高魚化龍(sankyu nami takoshite uo ryu to kasu)『碧巌録』
さんきゅう なみたこうして うお りゅうとかす 江國春風吹不起。鷓鴣啼在深花裏。三級浪高魚化龍。癡人猶戽夜塘水。

山呼萬歳聲(sanko banzei no koe)『五燈會元』
さんこ ばんぜいのこえ 朝奉疏中道、本來奧境、諸佛妙場、適來柱杖子已為諸人説了也。於斯悟去、理無不顯、事無不周。如或未然、不免別通箇消息。舜日重明四海清、滿天和氣樂昇平。延祥柱杖生歡喜、擲地山呼萬歳聲。⇒禅語に親しむ・山呼萬歳声

山色夕陽時(sanshoku sekiyo no toki)『虚堂録』
さんしょく せきようのとき 僧曰。泉聲中夜後。山色夕陽時。答曰。錯認定盤星。僧禮拜。

山水有清音(sansui ni seion ari)左思「招隠詩」
さんすいに せいおんあり

山中無暦日(sanchu rekijitsu nashi)太上隠者「答人」
さんちゅう れきじつなし⇒禅語に親しむ・山中無暦日

山鳥歌聲滑(sancho kasei nameraka)『白雲守端禪師廣録』
さんちょう かせいなめらか 上堂。舉雪竇道。春山疊亂青。春水漾虚碧。寥寥天地間。獨立望何極。乃迴顧。問侍者云。還有人守方丈麼。云有。自云。作賊人心虚。大衆。雪竇老人。放去收來。有舒卷乾坤之手。然雖如是。何似乾坤收不得。堯舜不知名好。法華今日忍俊不禁。當為古人出氣。乃云。山櫻火焔輝。山鳥歌聲滑。攜手不同途。任他春氣發。

三冬枯木花 九夏寒巖雪(santo koboku no hana kyuka kangan no yuki)『虚堂録』
さんとう こぼくのはな きゅうか かんがんのゆき 上堂舉。黄昏脱襪打睡。晨朝起來旋繋行纏。夜來風吹籬倒。知事普請。奴子劈篾縛起。師云。諸方盡謂舜老夫坐在無事甲裏。那知三冬枯木花。九夏寒巖雪。

直指人心 見性成仏(jikishi ninshin kensho jobutsu)『伝心法要』
じきしにんしん けんしょうじょうぶつ⇒臨黄ネット・直指人心 見性成仏

直心是道場(jikishin kore doujo)『維摩經』
じきしん これ どうじょう⇒佛告光嚴童子。汝行詣維摩詰問疾。光嚴白佛言。世尊。我不堪任詣彼問疾。所以者何。憶念我昔出毘耶離大城。時維摩詰方入城。我即為作禮而問言。居士從何所來。答我言。吾從道場來。我問道場者何所是。答曰。直心是道場無虚假故。

時々勤拂拭(jiji ni tsutomete fusshiki seyo)『六祖壇経』
じじにつとめて ふっしきせよ 身是菩提樹。心如明鏡台。時時勤拂拭。勿使惹塵埃。

室閑茶味清(shitsu shizukani ni shite chami sugashi)
しつしずかにして ちゃみすがし

至道無難(shiido bunan)『信心銘』
しいどう ぶなん⇒禅語に親しむ・至道無難

経霜楓葉紅(shimo wo hete fuyo akashi)
しもをへて ふうようあかし

守一(shuitsu)『後漢書』
しゅいつ 其守一如此、乃能成道。

秋風淅々 秋水冷々(shufu sekiseki shusui reirei)『虚堂偈』
しゅうふう せきせき しゅうすい れいれい⇒禅語に親しむ・秋風淅々 秋水冷々

秋菊有佳色(shukiku kashoku ari)陶淵明「飲酒二十首・其七」
しゅうきく かしょくあり

且坐喫茶(shuzakissa)『臨濟録』
しゅざきっさ 到三峰。平和尚。問曰。什麼處來。師云。黄蘗來。平云。黄蘗有何言句。師云。金牛昨夜遭塗炭。直至如今不見蹤。平云。金風吹玉管。那箇是知音。師云。直透萬重關。不住清霄内。平云。子這一問太高生。師云。龍生金鳳子。衝破碧琉璃。平云。且坐喫茶。又問。近離甚處。師云龍光。平云。龍光近日如何。師便出去。

秋天萬里淨(shuten banri kiyoshi)王維「送綦母校書棄官還江東」
しゅうてん ばんりきよし

秋月揚明輝(shugetdu meiki wo agu)陶淵明「四時歌」
しゅうげつ めいきをあぐ 春水滿四澤 夏雲多奇峰 秋月揚明暉 冬嶺秀孤松

秋露如珠(shuro tama no gotoshi)『別賦』
しゅうろ たまのごとし 下有芍藥之詩、佳人之歌、桑中衛女、上宮陳娥。春草碧色、春水緑波、送君南浦、傷如之何。至乃秋露如珠、秋月如圭、明月白露、光陰往來、與子之別、思心徘徊。

寿山青不老(jyuzan aokushite oizu)
じゅざん あおくしておいず

寿山万丈高(jyuzan banjo ni takashi)
じゅざん ばんじょうにたかし

主人公(shujinko)『無門関』
しゅじんこう⇒臨黄ネット・主人公

春光日々新(shunko hibi arata)
しゅんこう ひびあらた

春秋多佳日(shunjyu kajitsu ooshi)陶淵明「移居」
しゅんじゅう かじつおおし

春色無高下 花枝自短長(shunshoku koge nashi kashi onozukara tancho)『圓悟佛果禪師語録』
しゅんしょく こうげなし かし おのずから たんちょう⇒臨黄ネット・春色無高下 花枝自短長禅語に親しむ・春色無高下 花枝自短長

春水滿四澤 (shunsui shitaku ni mitsu )陶淵明「四時歌」
しゅんすい したくにみつ 春水滿四澤 夏雲多奇峰 秋月揚明暉 冬嶺秀孤松

悩乱春風卒未休(shunpu ni noran shite tsuini imada jyusezu)『雲門録』
しゅんぷうに のうらんして ついにいまだきゅうせず臨黄ネット・悩乱春風卒未休

春眠落日遅(shunmin rakujitu ososhi)
しゅんみん らくじつおそし

諸悪莫作 衆善奉行(shoaku makusa shuzen bugyo)『傳燈録』
しょあくまくさ しゅぜんぶぎょう 元和中白居易出守茲郡。因入山禮謁。乃問師曰。禪師住處甚危險。師曰。太守危險尤甚。曰弟子位鎮江山。何險之有。師曰。薪火相交識性不停。得非險乎。又問如何是佛法大意。師曰。諸惡莫作衆善奉行。白曰。三歳孩兒也解恁麼道。師曰。三歳孩兒雖道得。八十老人行不得。白遂作禮。

牀脚下種菜(shou kyakka ni shu wo uu)
しょうきゃっかに しゅをうう⇒禅語に親しむ・牀脚下種菜

生死事大 光陰可惜 無常迅速 時不待人(shoji jidai koin osimubeshi mujo jinsoku toki hito wo matazu)
しょうじじだい こういんおしむべし むじょうじんそく ときひとをまたず⇒臨黄ネット・生死事大 光陰可惜無常迅速 時不待人

松樹千年翠(shojyu sennen no midori)『禅林句集』
しょうじゅ せんねんのみどり 松樹千年翠、不入時人意。

清淨身(sho jo shin)蘇軾「贈東林總長老」
しょうじょうしん

上善若水(jozen wa mizu no gotoshi)『老子』
じょうぜんは みずのごとし⇒臨黄ネット・上善若水(老子)

松柏千年青(shohaku sennen no sei)『續燈録』
しょうはく せんねんのせい 松柏千年青。不入時人意。牡丹一日紅。滿城公子醉。

松柏見貞心(shohaku ni teishin wo miru)『論語』
しょうはくに ていしんをみる 歳寒然後、知松柏後凋也。

松風供一啜(shofu issetsu ni kyosu)『介石禪師語録』
しょうふう いっせつにきょうす 瓦瓶破曉汲清冷、石鼎移來壞砌烹。萬壑松風供一啜、自籠雙袖水邊行。

松風颯颯聲(shofu satsusatsu no koe)『續燈録』
しょうふう さつさつのこえ 師云。松風颯颯。細雨微微。紅日銜山。冰輪出海。照古照今。未嘗有間。目前無法。日用分明。法爾熾然。絲毫不立。人人具足。各各圓明。向諸人前。更説箇什麼即得。良久云。參。

浄躶々 赤洒々(jorara shakushasha)
じょうらら しゃくしゃしゃ⇒臨黄ネット・浄躶々 赤洒々

人間好時節(jinkan no kojisetsu)『無門関』
じんかんの こうじせつ 無門曰。南泉被趙州發問。直得瓦解冰消分疏不下。趙州縱饒悟去。更參三十年始得。頌曰。春有百花秋有月。夏有涼風冬有雪。若無閑事挂心頭。便是人間好時節。

截断人間是与非 白雲深処掩柴扉(jinkan no ze to hi wo setsudan shite hakuun fukakitokoro saihi wo oou)
じんかんの ぜとひをせつだんして はくうんふかきところ さいひをおおう⇒禅語に親しむ・截断人間是与非 白雲深処掩柴扉

心外無別法(shinge ni beppo nashi)『華厳経』?
しんげに べっぽうなし

新月一張弓(shingetsu iccho no yumi)白居易「秋寄微之十二韻」
しんげつ いっちょうのゆみ

神光照天地(shinko tenchi wo terasu)『碧巌録』
しんこう てんちをてらす 泥佛不渡水。神光照天地。立雪如未休。何人不雕偽。

瑞気満高堂(zuiki kodo ni mitsu)
ずいき こうどうにみつ

随処作主(zuisho ni shu to naru)『臨濟録』
ずいしょに しゅとなる⇒禅禅語に親しむ・随処作主

水上青々翠(suijo seiseitaru midori)
すいじょう せいせいたるみどり

清風動脩竹(seifu shuchiku wo ugokasu)『普燈録』
せいふう しゅうちくをうごかす

清風万里秋(seihu banri no aki)
せいしゅう ばんりのあき

清坐一味友(seiza ichimi no tomo)
せいざ いちみのとも

青山元不動 白雲自去来(seizan moto fudo hakuun onozukara kyorai su)『景徳傳燈録』
せいざん もとふどう はくうん おのずからきょらいす⇒臨黄ネット・青山元不動 白雲自去来

青山緑水(seizan ryokusui)
せいざん りょくすい

青箬笠前無限事(seijaku ryu no mae mugen no koto)『五燈會元』
せいじゃく りゅうのまえ むげんのこと 新婦灘頭眉黛愁。女兒浦口眼波秋。驚魚錯認月沈鉤。青箬笠前無限事。綠蓑衣底一時休。斜風吹雨轉船頭。

青松寿色多(seisho jyushoku ooshi)孟郊「西上經靈寶觀」
せいしょう じゅしょくおおし

惺惺著(sei sei jaku)『無門関』
せいせいじゃく⇒臨黄ネット・惺惺著(無門関)

西風一陣来 落葉両三片(seifu ichijin kitaru)
せいふう いちじんきたる

清風拂明月(seifu meigetu wo harau)『普燈録』
せいふう めいげつをはらう 問。如何是先照後用。曰。清風拂明月。云。如何是先用後照。曰。明月拂清風。云。如何是照用同時。曰。清風明月。云。如何是照用不同時。曰。非清風而無明月。

清流無間断(seiryu madan nashi)『禅林句集』
せいりゅう まだんなし⇒臨黄ネット・清流無間断碧樹不曾凋

清寥々 白的々(sei ryoryo byaku tekiteki)『碧巌録』
せいりょうりょう びゃくてきてき⇒臨黄ネット・清寥々 白的々

雪月花(setsugetutsuka)
せつげつか

説似一物即不中(setsuji ishimotsu soku fuchu)『五灯会元』
せつじいちもつ そくふちゅう⇒臨黄ネット・説似一物即不中

雪裏梅花(setsuri baika)『如淨禪師語録』
せつりばいか 臘八上堂。瞿曇打失眼睛時。雪裡梅花只一枝。而今到處成荊棘。卻笑春風繚亂吹。

仙雲擁壽山’senun jyuzan wo yosu)蘇軾「皇太后閣六首」
せんうん じゅざんをようす 瑞日明天仗、仙雲擁壽山。倚欄春晝永、金母在人間。

千江同一月 万戸逢尽春(senko douitsu no tsuki banko kotogotoku haru ni au)『禅林類聚』
せんこう どういつのつき ばんこ ことごとくはるにあう⇒禅語に親しむ・千江同一月 万戸逢尽春

千秋万歳楽(senshu banzairaku)
せんしゅう ばんざいらく

曹源一滴水(sogen no itteki sui)『碧巌録』
そうげんの いってきすい⇒臨黄ネット・曹源一滴水

疎影横斜水清淺 暗香浮動月黄昏 (soeiosha mizu seisen anko fudo tsuki kokon)林逋「山園小梅」
そえいおうしゃ みずせいせん あんこうふどう つきこうこん

碎啄同時(sottaku douji)『碧巌録』
そったくどうじ⇒禅語に親しむ・碎啄同時

作麼生 (somosan)『無門関』
そもさん⇒禅語に親しむ・作麼生



【た】【ta】【chi】

対一説(tai issetsu)『碧巌録』
たいいっせつ⇒臨黄ネット・対一説

大道無門(daido ni mon nashi)『無門關』
だいどうにもんなし⇒禅語に親しむ・大道無門

瀧直下三千丈(taki chokka sanzenjo)
たきちょっか さんぜんじょう

竹葉々起清風(take yoyo seifu wo okosu)
たけようよう せいふうをおこす

只在此山中 雲深不知処(tada kono sanchu ni aran kumo fukaku shite tokoro wo shirazu)『唐詩選』
ただこのさんちゅうにあらん くもふかくして ところをしらず⇒臨黄ネット・只在此山中 雲深不知処

渓深杓柄長(tani fukosjite shakuhei nagashi)『普灯録』
たにふこうして しゃくへいながし⇒臨黄ネット・渓深杓柄長禅語に親しむ・渓深杓柄長

他不是吾(ta wa kore ware ni arazu)『典座教訓』
たはこれ われにあらず⇒臨黄ネット・他不是吾

月白風清(tsuki shiroku kaze kiyoshi)『槐安国語』
つきしろく かぜきよし⇒臨黄ネット・月白風清

月在青天水在瓶(tsuki wa seiten ni atte mizu wa hei ni ari)『槐安國語』
つきはせいてんにあって みずはへいにあり⇒臨黄ネット・月在青天水在瓶

月知明月秋(tsuki wa meigetu no aki wo shiru)『禅林句集』
つきは めいげつのあきをしる 月知明月秋、花知一樣春。

泣露千般草 吟風一様松(tsuyu ni naku senban no kusa kaze ni ginzu ichiyo no matsu)『寒山詩』
つゆになく せんばんのくさ 笑寒山道、而無車馬蹤。聯溪難記曲、疊嶂不知重。泣露千般草、吟風一樣松。此時迷徑處、形問影何從。⇒禅語に親しむ・泣露千般草 吟風一様松

庭前柏樹子(teizen no hakujyushi)『無門関』
ていぜんの はくじゅし⇒臨黄ネット・庭前柏樹子

鉄船水上浮(tessen suijo ni ukabu)
てっせん すいじょうにうかぶ

電光影裏斬春風(denko yori ni shunpu wo kiru)『仏光国師語録拾遺』
でんこうようりに しゅんぷうをきる⇒臨黄ネット・電光影裏斬春風

天上天下唯我独尊(tenjo tenge yuiga dokuson)『葛藤集』
てんじょうてんげ ゆいがどくそん⇒臨黄ネット・天上天下唯我独尊

桃花笑春風(toka shunpu wo emu)崔護「題都城南庄」
とうか しゅんぷうをえむ

桃花千歳春(toka senzai no haru)
とうか せんざいのはる

東山水上行(tozan suijoko)『雲門廣録』
とうざん すいじょうこう⇒臨黄ネット・東山水上行

濤々(toto)
とうとう

東風吹散梅梢雪 一夜挽回天下春(tofu huki sanzu baisho no yuki ichiya bankai su tenka no haru)『円機活法』
とうふうふきさんず ばいしょうのゆき いちやばんかいす てんかのはる⇒臨黄ネット・東風吹散梅梢雪一夜挽回天下春

遠觀山有色(toku mite yama ni iro ari)『續燈録』
とおくみて やまにいろあり 問。楞伽四卷從何得。莫是當初錯下言。師云。蒋白元來是秀才。問。達磨西來。教外別傳。為什麼將往隨後。師云。錦上添花。師云。教外別傳。直指人心。見性成佛。敢問諸人。作麼生説箇見性底道理。良久。云。遠觀山有色。近聽水無聲。

冬嶺孤松秀(torei kosho hiizu)陶淵明「四時歌」
とうれい こしょうひいず 春水滿四澤 夏雲多奇峰 秋月揚明輝 冬嶺秀孤松

独坐大雄峰(dokuza daiyuho)『碧巌録』
どくざ だいゆうほう 舉。僧問百丈。如何是奇特事。丈云。獨坐大雄峰。僧禮拜。丈便打。

德不孤必有鄰(toku wa ko narazu kanarazu tonari ari)『論語』
とくはこならず かならずとなりあり 子曰、德不孤、必有鄰。

虎嘯風生(tora usobukeba kaze shozu)『禅林句集』
とらうそぶけば かぜしょうず 龍吟雲起、虎嘯風生。

曇華再發一枝春(donge hurarabi hiraku isshi no haru)
どんげ ふたたびひらく いっしのはる⇒禅語に親しむ・曇華再發一枝春

【な】【na】

中有風露香(naka ni furo no kaori ari)蘇軾「趙昌花四首」
なかにふうろの かおりあり 弱質困夏永。奇姿蘇曉涼。低昂?金杯。照耀初日光。檀心自成暈。翠葉森有芒。古來寫生人。妙?誰似昌。晨粧與午醉。真態含陰陽。君看此花枝。中有風露香。

日々是好日(nichinichi kore kounichi)『碧巌録』
にちにち これこうじつ⇒臨黄ネット・日々是好日

日面仏、月面仏(nichimenbutsu gachimenbutsu)『碧巌録』
にちめんぶつ がちめんぶつ⇒臨黄ネット・日面仏、月面仏

如今抛擲西湖裏 下載清風付與誰(nyokon hoteki su saiko no uchi asai no seifu tarenika fuyosen)『碧巌録』
にょこんほうてきす さいこのうち あさいのせいふう たれにかふよせん

拈華微笑(nenge misho)『無門関』
ねんげみしょう⇒禅語に親しむ・拈華微笑

年年歳歳花相似 歳歳年年人不同(nennen saisai hana ainitari saisai nennen hito onajikarazu)『唐詩選』
ねんねんさいさい はなあいにたり さいさいねんねん ひとおなじからず⇒臨黄ネット・年年歳歳花相似歳歳年年人不同

みちを歩く

【は】【ha】【ba】【fu】

梅花帶月一枝新(baika tuki wo obite isshi arata nari)
ばいかつきをおびて いっしあらたなり 不求名利不憂貧。隱處山深遠俗塵。歳晩天寒誰是友。梅花帶月一枝新。

梅花和雪香(baika yuki ni washite kanbashi)『禅林句集』
ばいか ゆきにわしてかんばし⇒禅語に親しむ・梅花和雪香

白雲片片嶺上飛(hakuun penpen reijo ni tobu)『禅林句集』
はくうんぺんぺん れいじょうにとぶ

白雲抱幽石(hakuun yuseki wo idaku)謝靈運「過始寧墅」
はくうん ゆうせきをいだく 白雲抱幽石、綠篠媚清漣。

白雲流水清(hakuun ryusui kiyoshi)
はくうん りゅうすいきよし

始随芳草去 又逐落花回(hajime ha hoso ni shitagatte sari mata rakka wo oute kaeru)『碧厳録』
はじめは ほうそうにしたがってさり また らっかをおうてかえる⇒禅語に親しむ・始随芳草去 又逐落花回

把手共行(hashu gyoko)『無門関』
はしゅ ぎょうこう⇒禅語に親しむ・把手共行

破草鞋(hasoai)『碧巌録』
はそうあい⇒臨黄ネット・破草鞋

白珪尚可磨(hakkei nao migaku beshi)『文選』
はっけい なおみがくべし 「初發石首城」白珪尚可磨、斯言易為緇。

弄花香満衣(hana wo moteasobeba kaori koromo ni mitsu)
はなをもてあそべば かおりころもにみつ

花閑鳥自啼(hana shizuka ni tori onozukara naku)皇甫「題贈呉門上人」
はなしずかに とりおのずからなく 春山唯一室、獨坐草萋萋。身寂心成道、花閑鳥自啼。細泉松徑裏、返景竹林西。晩與門人別、依依出虎溪。

花知一様春(hana wa shiru itiyo no haru)
はなはしる いちようのはる

花無心招蝶 蝶無心尋花(hana wa mushin ni shite cho wo maneki cho wa mushin ni shte hana wo tazunu)『良寛』
はなはむしんにして ちょうをまねき ちょうはむしんにして はなをたずぬ⇒臨黄ネット・花無心招蝶 蝶無心尋花

花開萬国春(hana hiraite bankoku no haru)
はなひらいて ばんこくのはる

破衲遂雲飛 草鞋路随転 (hano kumo wo oute tobi soai michi ni shitagatte tenzu)『大灯語録』
はのう くもをおうてとび そうあい みちにしたがっててんず⇒禅語に親しむ・破衲遂雲飛 草鞋路随転

春入千林処々鴬(haruiri senrin shosho ni uguisu)
はるいりせんりん しょしょにうぐいす

春入千林處々花(haru wa senrin ni iru shosho no hana)『葛藤集』
はるはせんりんにいり しょしょのはな⇒臨黄ネット・

春入千林処々花秋沈万水家々月

春来草自生(haru kitaraba kusa onozukara shozu)『廣燈録』
はるきたらば くさおのずからしょうず 進云。如何是向上事。師云。秋到黄葉落。春來草自生。

春在一枝中(haru wa isshi no uchi ni ari)
はるは いっしのうちにあり

忘却百年愁(hyakunen no urei wo boukyaku su) 『寒山詩』
ひゃくねんの うれいを ぼうきゃくす⇒禅語に親しむ・忘却百年愁

百花為誰開(hyakka ta ga tame ni hiraku) 『碧厳録』
ひゃっか たがためにひらく⇒禅語に親しむ・百花為誰開

万象之中独露身(bansho shichu dokuroshin)『五灯会元』
ばんしょう しちゅう どくろしん⇒臨黄ネット・万象之中独露身

萬歳萬歳萬々歳(banzei banzei banbanzei)『祖庭事苑』
ばんぜい ばんぜい ばんばんぜい 萬歳 呼萬歳、自古至周、未有此禮。按春秋後語、趙惠王得楚和氏璧、秦昭王聞之、遺五書、願以十五城易之。趙遣藺相如奉璧入秦、秦王見相如奉璧、大喜、左右呼萬歳。又田單守即墨、使老弱女子乘城上、偽約降、燕軍皆呼萬歳。

万歳緑毛亀(banzai ryokumo no kame)
ばんざい りょくもうのかめ

萬物生光輝(banbutsu koki wo shozu)
ばんぶつ こうきをしょうず⇒禅語に親しむ・萬物生光輝

萬法帰一(banpo itsu ni kisu)『傳燈録』
ばんぽう いつにきす 僧問。萬法歸一一歸何所。師云。老僧在青州作得一領布衫重七斤。

萬里一條鐵(banri ichijo no tetsu)『傳燈録』
ばんり いちじょうのてつ 問如何是石門境。師曰。烏鳶飛叫頻。曰如何是境中人。師曰。風射舊簾〓(木龍)。因般若寺遭焚。有人問曰。既是般若為什麼被火燒。師曰。萬里一條鐵。⇒禅語に親しむ・萬里一条鉄

萬里無片雲(banri ni henun nashi)『禅林句集』
ばんり へんうんなし⇒禅語に親しむ・萬里無片雲

日出乾坤輝(hi idete kenkon kagayaku)
ひいでて けんこんかがやく

日々新又日新(hibi ni aratani shite mata hibi ni arata nari)『大学』
ひびにあらたにして またひびにあらたなり臨黄ネット・日々新又日新

微風吹幽松 近聴声愈好(bifu yusho wo fuku chikaku kikeba koe iyoiyo yoshi)『寒山詩』
びふうゆうしょうをふく ちかくきけばこえいよいよよし 欲得安身處。寒山可長保。微風吹幽松。近聽聲愈好。下有斑白人。喃喃讀黄老。十年歸不得。忘却來時道。

百花春至為誰開(hyakka haru ni itatte ta ga tamenika hiraku)
ひゃっかはるにいたりて たがためにかひらく⇒臨黄ネット・百花春至為誰開

平常心是道(byojoshin kore do)『無門関』
びょうじょうしん これどう⇒禅語に親しむ・平常心是道

風露新香隠逸花(furo aratani kaoru initsu no hana)
ふうろ あらたにかおる いんいつのはな⇒禅語に親しむ・風露新香隠逸花

風光日々新(fuuko hibi arata)
ふうこう ひびあらた

風性常住無処不周(fusho wa jojyu ni shite tokoro to shite amanekarazarunashi)『連灯会要』
ふうしょうは じょうじゅうにして ところとして あまねからざるなし⇒臨黄ネット・風性常住無処不周

楓葉経霜紅(fuyo wa shimo wo hete kurenai nari)
ふうようは しもをへて くれないなり⇒臨黄ネット・楓葉経霜紅

福寿海無量(fukujyukaimuryo)『法華經観音普門品』
ふくじゅかい むりょう⇒禅語に親しむ・福寿海無量

無事(buji)『臨濟録』
ぶじ 道流、設解得百本經論、不如一箇無事底阿師。爾解得、即輕蔑他人。勝負修羅、人我無明、長地獄業。

無事是貴人(buji kore kinin)『臨濟録』
ぶじ これきにん⇒臨黄ネット・無事是貴人

不東(futo)『大唐大慈恩寺三藏法師傳』
ふとう

不落因果 不昧因果(furaku inga fumai inga)『無門関』
ふらく いんが ふまい いんが⇒臨黄ネット・不落因果 不昧因果

平原秋樹色 沙麓暮鐘声(heigen shojyu no iro saroku bosho no koe)『山谷詩集』
へいげん しょうじゅのいろ さろく ぼしょうのこえ⇒臨黄ネット・平原秋樹色 沙麓暮鐘声

別無工夫(betsu ni kufu nashi)『夢中問答』
べつに くふうなし⇒禅語に親しむ・別無工夫

放下著(hogejaku)『五家正宗贊』
ほうげじゃく⇒臨黄ネット・放下著

宝所在近更進一歩(hosho chikaku ni ari sarani ippo wo susumeyo)『毒語心経』
ほうしょちかくにあり さらにいっぽをすすめよ⇒禅語に親しむ・宝所在近更進一歩

忘筌(bosen)『荘子』
ぼうせん⇒臨黄ネット・忘筌

北風吹白雲(hokufu hakuun wo fuku)蘇頲「汾上驚秋」
ほくふう はくうんをふく

歩歩是道場(hobo kore dojo)『趙州録』
ほぼ これどうじょう⇒禅語に親しむ・歩歩是道場

本来無一物(honrai muitchibutsu)『六祖壇經』
ほんらい むいちぶつ 菩提本無樹。明鏡亦非臺。本來無一物。何假惹塵埃。

【ま】【ma】

莫妄想(maku mou zou)『傳燈録』
まく もうぞう⇒禅語に親しむ・妄想すること莫(なか)れ

松老雲閒曠然自適(matsu oi kumo wa shizukanisite kozento jitekisu)『臨済録』
まつおい くもはしずかにして こうぜんとじてきす⇒禅語に親しむ・松老雲閒曠然自適

松無古今色 竹有上下節(matsu ni kokon no ironashi take ni joge no fushi ari)『五灯会元』
まつにここんのいろなし たけにじょうげのふしあり⇒禅語に親しむ・松無古今色 竹有上下節

萬年松在祝融峰(mannen no matsu shukuyuho ni ari)『續燈録』
まんねんのまつ しゅくゆうほうにあり 開堂日。問。為國宣揚闢祖闈。九重城裏顯光輝。人人聳聽真消息。未審如何贊萬機。師云。千歳鶴鳴華表柱。萬年松在祝融峰。

掬水月在手(mizu wo sukueba tsuki wa te ni ari)于良史「春山夜月」
みずをすくえば つきはてにあり

水急不流月(mizu kyunaruni tsuki wo nagasazu)
みずきゅうなるに つきをながさず

水滴々(mizu teki teki)
みず てきてき

水自竹辺流出冷 風従花裏過来香『禅林類聚』
水は竹辺より流れ出でて冷ややかに 風は花裏(かり)より過ぎきたって香し⇒禅語に親しむ・水自竹辺流出冷 風従花裏過来香

水緑山青(mizu wa midori yama wa ao)『十牛圖頌』
みずはみどり やまはあお 本來清淨。不受一塵。觀有相之榮枯。處無為之凝寂。不同幻化。豈假修治。水綠山青。坐觀成敗。頌曰。返本還源已費功。爭如直下若盲聾。庵中不見庵前物。水自茫茫花自紅。

水和明月嫁(mizu wa meigetu ni wasite kasu)『五燈會元』
みずは めいげつにわしてかす 隆興府景福日餘禪師。僧問、如何是道。師曰、天共白雲曉、水和明月流。

開径待佳賓(michi wo hiraite kahinn wo matsu)
みちをひらいて かひんをまつ

名利共休(myori tomo ni kyusu)
みょうり ともにきゅうす⇒臨黄ネット・名利共休

看々臘月尽(miyo miyo rogetsu tsuku)『虚堂録』
みよみよ ろうげつつく⇒禅語に親しむ・看々臘月尽

無(mu)『無門関』
む⇒臨黄ネット・無

無功德(mu kudoku)『虚堂録』
むくどく⇒禅語に親しむ・無功德

無尽蔵(mu jin zou)
むじんぞう

無常迅速(mujo jinsoku)『傳燈録』
むじょう じんそく 温州永嘉玄覺禪師者永嘉人也。姓戴氏。丱歳出家遍探三藏。精天台止觀圓妙法門。於四威儀中常冥禪觀。後因左谿朗禪師激勵。與東陽策禪師同詣曹谿。初到振錫携瓶。繞祖三匝。祖曰。夫沙門者具三千威儀八萬細行。大德自何方而來生大我慢。師曰。生死事大無常迅速。祖曰。何不體取無生了無速乎。曰體即無生。了本無速。祖曰。如是如是。于時大衆無不愕然。師方具威儀參禮。須臾告辭。祖曰。返太速乎。師曰。本自非動豈有速耶。祖曰。誰知非動。曰仁者自生分別。祖曰。汝甚得無生之意。曰無生豈有意耶。祖曰。無意誰當分別。曰分別亦非意。祖歎曰。善哉善哉。少留一宿。時謂一宿覺矣。

明々百草頭 明々祖師意(meimei tari hyakusoto meimei tari soshii)『龐居士語録』
めいめいたり ひゃくそうとう めいめいたり そしい⇒臨黄ネット・明々百草頭 明々祖師意

明月清風(meigetsu seifu)
めいげつ せいふう

明月上孤峰(meigetsu koho ni noboru)『續燈録』
めいげつ こほうにのぼる 上堂。問。如何是維摩一默。師云。寒山訪拾得。僧曰。恁麼則入不二之門。師云。嘘。復云。維摩大士去何從。千古今人望莫窮。不二法門休更問。夜來明月上孤峰。

明頭來明頭打 暗頭來暗頭打(meitorai ya meitoda antorai ya antoda)『臨済録』
めいとうらいや めいとうだ あんとうらいや あんとうだ

明歴々露堂々(meirekireki ro dodo)『禅林句集』
めいれき れきろどうどう⇒禅語に親しむ・ 明歴々露堂々

目出度千秋楽(medetaku senshuraku)
めでたく せんしゅうらく

【や】【ya】

柳緑花紅(yanagi wa midori hana wa kurenai)
やなぎはみどり はなはくれない

山是山水是水(yama kore yama mizu kore mizu)『雲門廣録』
やまこれやま みずこれみず 諸和尚子莫妄想。天是天地是地。山是山水是水。僧是僧俗是俗。

山静如太古(yama shizukanarukoto taiko no gotoshi)唐庚「醉眠」
やましずかなること たいこのごとし

山高月上遅(yama takaku shite tuki no noboru koto ososhi)
やまたかくして つきののぼることおそし

山呼万歳聲(yama ha yobu banzai no koe)『漢書』
やまはよぶ ばんざいのこえ⇒臨黄ネット・山呼万歳声(漢書)

山深雪未消(yama hukoshite yuki imada kiezu)『虚堂録』
やまふこうして ゆきいまだきえず 僧云。老胡今日成道。有何祥瑞。師云。山深雪未消。僧云。諾諾。師以拂一指。

悠然見南山(yuuen toshite nanzan wo miru)陶淵明「飮酒二十首」
ゆうぜんとして なんざんをみる 結廬在人境、而無車馬喧。問君何能爾、心遠地自偏。采菊東籬下、悠然見南山。山氣日夕佳、飛鳥相與還。此中有眞意、欲辨已忘言。

幽鳥弄真如(yucho sinnyo wo rosu)『人天眼目』
ゆうちょう しんにょをろうす 古松搖般若。幽鳥哢真如。況有歸真處。長安豈久居。

陽春布徳澤(yoshun ni tokutaku wo shiku)「長歌行」
ようしゅんに とくたくをしく

葉上無愁雨(yojo mushu no ame)『禅林句集』
ようじょう むしゅうのあめ 芭蕉葉上無愁雨、只是時人聽斷腸。

葉々起清風(yoyo seifu wo okosu)『虚堂録』
ようよう せいふうをおこす⇒禅語に親しむ・葉々起清風


【ら】【ra】

梨花一枝春(rika isshi no haru)白居易「長恨歌」
りか いっしのはる

龍吟雲起 虎嘯風生(ryu ginzureba kumo okori tora usobukeba kaze shozu) 『周易』
りゅう ぎんずれば くもおこり とら うそぶけば かぜしょうず⇒禅語に親しむ・龍吟雲起 虎嘯風生

流泉作琴(ryusen wo kin to nasu)『碧巌録』
りゅうせんを きんとなす

流水無間断(ryusui kandan nashi)
りゅうすい かんだんなし

柳緑花紅(ryu ryoku kako)魏承班「生査子」
りゅうりょく かこう

涼風入草堂(ryofu sodo ni iru)
りょうふう そうどうにいる

緑水繞青山(ryokusui seizan wo meguru)『普燈録』
りょくすい せいざんをめぐる 僧問馬祖。如何是佛。曰。即心是佛。云。如何是道。曰。無心是道。云。佛與道相去多少。曰。佛如展手。道似握拳。師曰。古人方便即不可。山僧這裏也有些子。若無人買。山僧自賣自買去也。如何是佛。岩前多瑞草。如何是道。澗下絶靈苗。佛與道相去多少。數片白雲籠古寺。一條綠水繞青山。

臘雪連天白(rosetsu ten ni tsuranatte shiroshi)『虚堂録』
ろうせつ てんにつらなってしろし 感首座問法昌。昔日北禪烹露地白牛。今夜分歳有何施設。昌云。臘雪連天白。春風逼戸寒。感云。大衆喫箇甚麼。昌云。莫嫌冷淡無滋味。一飽能消萬劫飢。

老倒疎慵無事日 安眠高臥對青山(rotosoyo buji no hi anminkoga seizan ni taisu) 『延宝伝灯録』
ろうとうそよう ぶじのひ あんみんこうが せいざんにたいす

【わ】【wa】

吾心似秋月(waga kokoro shugetsu ni nitari)『寒山詩』
わがこころ しゅうげつににたり⇒禅語を親しむ・吾心似秋月

和敬静寂(wakeiseijaku)『茶祖伝』
わけいせいじゃく⇒禅語を親しむ・和敬静寂

和光同塵(wako dojin)『道徳経』
わこうどうじん⇒臨黄ネット・和光同塵

【参考】


  • 曹洞禅ネット
  • 禅文化研究所
  • PR Check

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